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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6852号 判決 1984年6月18日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 有賀信勇

被告 国

右代表者法務大臣 住栄作

右指定代理人 梅村裕司

<ほか一名>

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 小林紀歳

<ほか三名>

主文

一  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金六〇〇万円及びこれに対する昭和五四年七月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文一、二項と同旨

2  仮執行宣言が付される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (当事者)

原告は、昭和四六年一一月一九日(以下「本件当日」という。)当時、神奈川県厚木市立厚木小学校教諭であった。

2  (本件の逮捕、勾留請求、勾留延長請求、起訴及び公訴追行)

(一) 原告は、本件当日、東京都千代田区所在の日比谷公園(以下「本件公園」という。)内の大音楽堂(別紙地図参照。)において開催された、一一・一九沖縄返還協定批准阻止集会(以下「本件集会」という。)に参加した際、同日午後八時四五分ころ、本件公園の日比谷門(以下「本件門」という。)付近の大噴水脇において警視庁石神井警察署勤務(本件当日第八機動隊所属)の小林義治巡査部長(以下「小林巡査部長」という。)によって、公務執行妨害罪、兇器準備集合罪及び現住建造物等の放火罪(前二つの犯罪を以下「本件犯罪」といい、右三つの犯罪を以下「本件犯罪等」という。)の被疑事実で現行犯逮捕(以下「本件逮捕」という。)された後、東京地方検察庁検察官の同月二二日付勾留請求(以下「本件勾留請求」という。)及びその後の勾留延長請求(以下「本件勾留延長請求」という。)に基づく勾留によって、昭和四七年四月一九日保釈許可決定に基づき釈放されるまで一五三日間に亘り身体の拘束を受けた。

(二) 原告は、昭和四六年一二月一一日、右被疑事実のうち本件犯罪の被疑事実について右検察庁検察官新井弘二(以下「検察官新井」という。)によって東京地方裁判所に公訴を提起(以下「本件起訴」という。)されたが、四〇回に亘る公判審理を経て、昭和五一年七月一五日右裁判所において無罪の判決(以下「本件刑事判決」という。)の言渡しを受け、同判決は同月三〇日控訴期間の徒過によって確定した。

3  (被告らの責任)

(一) (本件逮捕に至る経緯)

(1) 昭和四六年秋は沖縄返還協定批准の是非をめぐって全国的に反対運動が展開されていたところ、本件集会も右反対運動の一環として東京都公安委員会の許可の下に開催されたもので、集会参加者は六〇〇〇人余りであった。

(2) 警視庁は、本件当日、本件公園周辺に多数の機動隊員を配備し、本件集会に対する警戒に当らせていたところ、本件門付近において機動隊員と学生、労働者ら四〇〇人ないし五〇〇人が衝突した。

(3) 原告は、本件集会に参加する目的で同僚と共に同日午後七時五〇分ころ、機動隊員による厳重な身体捜検を受けた後同公園内に入ったが、既に右集会が終了していたので、集会参加者らが移動する方向へ移動し、同公園内大芝生北西側や大噴水北西側を往来したりして本件門付近における学生、労働者らと機動隊員との衝突を傍観したり、途中で別れた同僚を捜したりしていた。

(4) 原告が右公園に入って間もなく機動隊員によって同公園の出入口は全て閉鎖されたため、同公園内にいた本件集会参加者、一般市民ら多数の者が原告と同様に右衝突を傍観していたが、右衝突に参加している集団(以下「本件違法集団」という。)と右傍観者とは明確に区別できる状態であり、原告も右傍観者の中の一人であったに止まり、本件違法集団に加わったことは一切ない。

(5) 同日午後八時四〇分過ぎころ、第一方面警備本部長からの検挙命令(以下「本件検挙命令」という。)に基づき、機動隊員が一斉に右公園内に入り検挙活動を行なったが、原告はその際に前記のとおり小林巡査部長に逮捕されたのである。

(二) (公務員の不法行為)

(1) (違法性)

ア (本件逮捕の違法性)

原告は、本件犯罪等を実行していなかったし、小林巡査部長外の警察官も原告の違法行為を何ら現認していないばかりか原告が本件違法集団の中にいたか否かさえ確認しなかったうえ、原告自身は犯人として追呼されたり、明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持していたなどの事情もなく、しかも、本件逮捕当時本件公園内には六〇〇〇人を超える人々がおり、本件門及び大噴水の周辺には本件違法集団に加わらなかった単なる傍観者らも相当数いて、その中には白色ヘルメットや手袋等を着用している者もいたから、原告が右当時白色ヘルメットや手袋等を着用していたことは何ら原告が本件犯罪等を行ない終ったことを認定する資料たりえなかったのであって、結局原告について本件犯罪等の現行犯人としての要件は備わっていなかった。

それにもかかわらず、小林巡査部長外の警察官らは原告を本件違法集団の一人と速断し原告に飛びかかって押し倒し本件逮捕に及んだもので、本件逮捕は違法である。

イ (本件勾留請求及び本件勾留延長請求の違法性)

本件逮捕は右アのように違法なものであり、小林巡査部長外一名作成の現行犯人逮捕手続書によれば、同巡査部長らは、原告が三名の機動隊員ともみ合っていたので大声を出して近寄ると、原告が蹴りつけてきたので原告を本件犯罪等の現行犯人と認めた旨記載されているだけであるから、本件逮捕が現行犯逮捕の要件を欠く違法なものであることは容易に知りえた。しかも、原告が本件犯罪を実行した証拠がないことが明らかであるにも拘らず、原告の送致を受けた検察官は本件勾留請求及び本件勾留延長請求をしたもので、右各請求は違法である。

ウ (本件起訴及び本件公訴追行の違法性)

(ア) 検察官新井は、本件当日機動隊員が撮影したビデオテープ(以下「本件テープ」という。)を唯一の直接証拠として本件起訴をしたが、同テープに撮影され違法行為をしている男性の人物と原告とは着衣その他に重大な相違があって両名が同一人物でないことは一見して明白だったうえ、他に原告が本件犯罪を行なった証拠がなかったから、原告について本件犯罪の有罪判決を獲得しうる高度の蓋然性はなかったにもかかわらず、右検察官は公訴権を濫用して本件起訴をしたもので、同起訴は違法である。

(イ) 原告の公判立会検察官らは、証拠調の結果本件テープに撮影されている人物が原告とは同一人物でないうえ、他に原告の有罪を立証する証拠がなく原告が無罪であることが明らかになったにも拘らず、なおも原告が機動隊員に対し数回投石行為を行なった旨主張し懲役一年二月の求刑を行なうなど違法な公訴追行行為(本件公訴追行)を行なった。

(2) (故意、過失)

ア 右各公務員は原告が犯人であると虚構しようとの故意の下に右各違法行為を行なったものである。

イ 仮にそうでなくとも、右各公務員には次の点から右各違法行為について過失がある。

(ア) 右各公務員は法の執行者として強大な権限を与えられているのであるから、職務執行に当っては国民の基本的人権を侵害することのないように慎重を期すべき高度の注意義務が課せられている。本件の場合、通常の注意力をもってすれば原告が本件犯罪等に加功したことは決して認識しえず前記各違法行為を回避できたのである。

(イ) 小林巡査部長は、原告の犯罪行為を何ら現認していないにもかかわらず、本件違法集団の中に原告がいたか否かについてさえ確認せずに予断と偏見によって原告が右違法集団の一員であると速断し本件逮捕をしたものである。

(ウ) 機動隊による前記検挙活動によって、本件公園内だけで一五六五人の逮捕者が出、本件逮捕も右検挙活動の一環として行なわれたものであるが、右人数は本件違法集団の人数を大幅に上回るもので、かかる大量逮捕の場合には違法逮捕のおそれが大きいから、前記各検察官は原告について現行犯逮捕の要件が備わっていたか否かについて証拠資料を慎重に精査すべきであったにもかかわらずこれを怠ったものである。

(3) (損害の発生及び因果関係)

原告は、本件逮捕、本件勾留請求、本件勾留延長請求、本件起訴及び本件公訴追行によって後記(四)の損害を被った。したがって、右各公務員の右各行為は原告に対する不法行為を構成するものである。

(三) (被告らの責任原因)

(1) (被告東京都)

本件逮捕は、警視庁所属の警察官が被告東京都の公権力の行使に当り職務行為として行なったものであるから、被告東京都は国家賠償法一条一項に基づき原告に対し右損害を賠償すべき責任がある。

(2) (被告国)

本件勾留請求、本件勾留延長請求、本件起訴及び本件公訴追行は、検察官が被告国の公権力の行使に当り職務行為として行なったものであるから、被告国は右(1)と同様に原告に対し右損害を賠償すべき責任がある。

4  (損害)

(一) 逸失利益金二五〇万円

原告は本件逮捕及び本件起訴を理由として神奈川県教育委員会によって懲戒免職処分を受けた後同県人事委員会に対する不服申立に基づく右処分の取消裁決を得て教職に復帰したが、復職後も逮捕、勾留期間中の休職を理由とする三か月の昇給延伸を受けており、停年退職まで右不利益が継続されることが確実である。したがって、原告は逮捕、勾留されなかったならば停年退職まで得べかりし給与との差額である右金額分相当の利益を喪失した。

(二) 慰謝料金一五〇万円

本件逮捕、勾留、本件起訴によって原告は名誉を著しく侵害されたが、これを慰謝するには右金額が相当である。

(三) 弁護士費用金二〇〇万円

原告は、本件起訴に基づく刑事事件、前記人事委員会不服申立事件及び本訴について弁護士を依頼し、同人に対し右金員を着手金及び謝金として支払う旨約した。

5  よって、原告は被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、連帯して右損害金合計金六〇〇万円及びこれに対する被告らへの本訴状送達の日の翌日である昭和五四年七月二四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  (被告東京都)

(一) 請求の原因1、2の事実は認める。

(二) 同3について。

(1) (一)のうち、(1)の事実は認める。(2)のうち警視庁が本件当日本件公園周辺に多数の機動隊員を配備し本件集会に対する警戒に当らせていたことは認め、その余は否認する。(3)のうち本件当日機動隊員が本件公園の各門で検問をしていたこと、本件当日午後七時五〇分ころには既に本件集会が終了していたことは認め、原告が機動隊員によって厳重な身体捜検を受けたことは否認し、その余は知らない。本件公園の各門に配備した機動隊員は、本件集会参加者のうち兇器を隠し持っていると思われる者に対してのみ職務質問を行なったのであって、本件集会参加者全員に対して職務質問、身体検査を行なったのではない。(4)の事実は否認する。本件集会の終了後、本件公園の各門からは右集会参加者が三々五々公園外へ自由に出て行くことができたのであって、ただ例外的に集団示威行進の隊形を作った状態で公園外へ出ようとする集団については警備中の機動隊員が右隊形では公園外へ出られない旨説得し(本件当日、集団示威行進は許可になっていなかった。)、説得に従わない集団に対してのみ公園外へ出さない措置を講じていたに止まる。大噴水の周辺は、敷石を剥がして割っている者、側溝の蓋を割っている者、ベンチを引き抜いている者、割った石やベンチ、木材を本件門付近へ運ぶ者、機動隊員に投石して戻って来る者などが右往左往しており、また機動隊が発射した催涙弾の煙が一面に立ち込め極めて騒然とした状況で、単なる傍観者などが付近にいられる状態ではなかった。(5)の事実は認める。

(2) (二)について。(1)アのうち原告が本件逮捕当時犯人として追呼されたり、兇器その他の物を所持していたことがないことは認め、その余は争う。(2)の事実は否認し、(3)は争う。

(3) (三)(1)は争う。

(三) 同4の事実は否認する。

2  (被告国)

(一) 請求の原因1、2の事実は認める。

(二) 同3について。

(1) (一)(1)のうち本件集会が東京都公安委員会の許可を受けたものであること、本件集会の参加者が六〇〇〇人余りであったことは知らず、その余は認める。(2)のうち警視庁が本件当日本件公園周辺に多数の機動隊員を配備し本件集会に対する警戒に当らせていたことは認め、その余は知らない。(3)のうち原告が本件集会に参加する目的で本件当日本件公園内へ入ったことは認め、同公園内へ入った時刻及び同公園内へ入る際原告が機動隊員による厳重な身体捜検を受けたこと、原告が同僚と一緒であったことは知らず、その余は否認する。(4)のうち原告が傍観者の中の一人であったに止まり本件違法集団に加わったことが一切なかったことは否認し、その余は知らない。(5)は認める。

(2) (二)について。(1)イのうち原告の送致を受けた検察官が本件勾留請求及び本件勾留延長請求をなしたことは認め、その余は否認する。ウのうち検察官新井が本件起訴をしたこと、原告の公判立会検察官が原告が機動隊員に対し数回投石行為を行なった旨主張し懲役一年二月の求刑を行なったことは認め、その余は否認する。(2)の事実は否認し、(3)は争う。

(3) (三)(2)は争う。

(三) 同4は否認する。

三  被告らの主張

1  (被告東京都)

(一) (本件逮捕までの経緯―本件公園内の状況)

(1) 本件違法集団は白色ヘルメットを被った約五五〇人の学生、労働者らや赤色ヘルメットを被った約三〇〇人の労働者らその他の者で構成されており、右ヘルメットを被った者らは本件門前道路において警備に当っていた警視庁第七機動隊員(本件当日は本件集会参加者が国会議事堂へ乱入したり、無許可のまま集団示威行進をする等の暴挙に出ることが予想されたため機動隊が警備していた。)に対し、午後七時四〇分ころから、長さ一ないし二メートルの竹竿を水平に構えて喚声を上げながら駆け足で突きかかったり、殴りかかったりし、右以外の者らも右隊員に対し石や火炎ビン等を激しく投てきするなどして右警察官らの適法な職務執行を妨害した。このため、あちこちの路上で火炎ビンが炸裂炎上し、第七機動隊所属の放水警備車の放水塔までが炎上するなど本件門付近は騒然とした状況となった。

(2) 大噴水周辺にいた労働者らも公園内の樹木の回りの石を掘り起こしたり、大噴水周辺の側溝の蓋や敷石、小音楽堂付近の敷石等を剥がしてこれらを割って投石用の石を作り、これらを本件門付近へ運んで機動隊員に対して投てきするなどして同隊員の適法な職務行為を妨害した。

(3) これに対し機動隊は本件門付近における違法集団に対して前記放水警備車及び第八機動隊所属の遊撃放水車によって青色着色液の放水(これは真水に青色着色剤を混合したものである。以下「着色放水」という。)を行なった。

(4) さらに、本件違法集団は午後八時二〇分ころ、公園内に設置されていた木製ベンチを引き抜き、同ベンチや木材、看板などを本件門の門柱と門柱の間に置いてバリケードを築き、これに放火して炎上させたり、警備中の第八機動隊員に対して爆発物を投げつけたり、本件門北側横にあった花屋株式会社日比谷花壇(以下「日比谷花壇」という。)や公園内の飲食店松本楼に放火してこれらを炎上させるなどして暴徒と化した(以上の各違法行為を以下「本件違法行為」という。)。

(二) (本件逮捕の状況)

(1) 小林巡査部長及び樋口巡査(第八機動隊所属)は、右(一)の本件違法集団の本件違法行為の状況を携帯無線機で傍受し、午後七時五八分ころから本件門前で警備に就き、同門付近において、「反戦」又は「中核」という文字が記載された白色ヘルメットを被り、覆面をし、背広やコートなどを着た労働者らから石や火炎ビン等を激しく投てきされたうえ、右労働者らが右門の門柱と門柱の間に木材やベンチ等を利用してバリケードを築きそれに放火して炎上させた状況、爆発物を投てきした状況、日比谷花壇に放火してこれを炎上させた状況、機動隊の放水車から右門付近の違法集団に対して着色放水がなされた状況等を現認した。

(2) 午後八時四〇分過ぎころ、本件検挙命令に基づき小林巡査部長らは本件違法集団を追跡して本件門南側にある植込みの間から本件公園内へ入ったところ、本件門から五〇ないし六〇メートル離れた大噴水南側において第七機動隊員三ないし四人と言い合いをしている原告を発見した。

(3) 小林巡査部長は、(1)原告が白色ヘルメット(以下「本件ヘルメット」という。)を被り、白タオルで覆面し、コート及び黒革手袋(以下「本件手袋」という。)を着用しており、右巡査部長らが本件門付近で現認した違法集団と同じような服装をしていたこと、(2)本件違法行為が行なわれた時間及び場所と極めて接着した時間及び場所で原告を発見したこと、(3)原告の服が放水車からの放水によると思われる水で濡れていたことなどから原告を本件違法集団の一員であって本件犯罪等の現行犯人であると判断し、原告を逮捕すべく「何をしているのだ。」といいながら原告の背後から手を掛けたところ、原告が「俺に触るな。」といいながら振り返りいきなり同巡査部長の大腿部を蹴りつけた。同巡査部長は原告が被っていた本件ヘルメットに本件門付近における違法集団が被っていたものと同様黒字で「反戦」と記載されていたので原告が右違法集団の一員であると確信して樋口巡査とともに原告を地面に押えつけて制圧し本件逮捕を実行した。

(三) (本件逮捕の適法性)

(1) 着色放水は集団犯罪の場合に違法行為を行なった者を特定し犯罪を実行したことを証明するために使用するもので、違法行為集団の近くに一般人などがいる場合には誤認逮捕のおそれが生じるため絶対に使用されることはなく、本件当日も機動隊の放水担当者が自分の目で付近に一般人がいないことを確認して本件門付近の違法集団に対して着色放水を行なったのである(なお、放水車は同門前道路から放水を行なったが、同車の性能上、放水は同門の植込みの手前までしか届かなかった。)が、原告は本件逮捕当時腹部にサラシ布(以下「本件サラシ」という。)を巻いており、同布には原告が腹部に巻いた前面部分に手拳大に青色着色液が付着していたのであって、このことは原告が本件違法集団の一員であったことの証左である。また、原告が着用していた本件手袋は掌面がささくれ立っていたが、原告は同手袋を通勤用として約一年前から使用していると主張しており、原告が教師であることに照らし、右ささくれは原告が機動隊に対し投石したり竹竿等を持って突きかかるなどの違法行為を行なったためにできたものであると考えるのが自然である。このように原告は本件犯罪等を実行したのである。

(2) そして、右(二)(3)のような原告と本件違法集団との場所的近接性、時間的接着性、服装の類似性及び放水による浸潤状態に照らし、原告は本件犯罪等の現行犯人と認められるから、本件逮捕は適法な職務執行行為である。

(四) (逮捕警察官の無過失)

(1) 逮捕警察官が特定の者を現行犯人であると認定した判断に過失があったか否かは逮捕当時における具体的状況を客観的に考察してなすべきであり、右時点における具体的状況に照らし現行犯人と認めるについて十分な理由があると合理的に判断される限り、仮に右逮捕が後に誤認逮捕であることが判明したとしても右警察官には過失はないというべきである。

(2) 本件において、小林巡査部長らは、前記のとおり(ア)原告が本件違法行為の行われた直後に同違法行為の行われた本件門から五〇ないし六〇メートルしか離れていない大噴水南側にいたこと、(イ)右門付近の本件違法集団の中には、白地に黒字で「反戦」と記載されたヘルメーットを被り、タオルなどで覆面をし、コートや背広を着用していた者が多数いたが、原告も右と同様の本件ヘルメットを被り、白タオルで覆面し、ダスターコート、背広を着用していたこと、(ウ)本件違法集団のほとんどの者が本件違法行為を敢行する際、石や角材等から手を保護するために軍手や黒革手袋を着用していたが、原告も本件手袋を着用していたこと、(エ)原告が着用していたダスターコート、ズボン及び本件手袋が泥で汚れていたうえ、本件門付近で機動隊が発射した放水によると認められる水でびしょ濡れになっていたこと等の状況から原告が本件門付近における本件違法集団の一員であり本件犯罪等の現行犯人であると認めて本件逮捕をしたものであって、右認定は右具体的状況の下において十分な理由があり合理性が認められるから、仮に原告が本件違法集団の一員でなかったとしても右巡査部長らに何らの過失もない。

2  (被告国)

(一) (本件逮捕に至る経緯)及び(本件逮捕の状況)は、被告東京都の主張(一)(二)と同旨

(二) (逮捕、勾留、起訴及び公訴追行の適法性の判断基準)

逮捕、勾留は、当該時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、勾留の理由及び必要性が認められる限りは適法であり、起訴は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意見表示に他ならないのであるから、起訴時又は公訴追行時における検察官の心証はその性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時又は公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるのであって、およそ刑事事件の無罪判決が確定したからといって直ちに同事件に関する逮捕、勾留、起訴及び公訴追行等の公権力の行使が違法となることはない。

(三) (本件勾留請求及び本件勾留延長請求の適法性)

(1) 本件逮捕に対する現行犯人逮捕手続書、原告からの押収物である本件ヘルメット(白色地に前面に黒マジックで「反戦」と記載されている。)、本件手袋(一双、黒色革製)及び本件サラシ(幅三五センチメートル、長さ五メートル五〇センチメートル)並びに本件違法集団の犯行状況等に関する写真撮影報告書その他の送致事件記録によれば、本件当日午後七時五八分ころ、本件門付近公園内側にい集中の白色ヘルメットや赤色ヘルメットを被った約五〇〇人の違法集団が右門付近公園外側で警備中の機動隊員に対し、竹竿や丸太で突きかかったり、石塊やコンクリート塊を投げたりし、さらに午後八時三五分ころ大噴水北西方向にある松本楼から火柱が上がり、右違法集団が本件門の北側にある日比谷花壇に放火して炎上させ本件犯罪等が実行されたこと、本件逮捕警察官が午後八時四〇分ころ本件公園内の本件違法集団を検挙すべく他の警察官とともに一斉に右門から右公園内に入ったところ、大噴水南側で本件ヘルメットを被り、白タオルで覆面し、本件手袋を着用した原告が先着の三名の警察官らともみ合っていたので同警察官らに助勢して相当激しく暴れる原告を制止して午後八時四五分ころ同所で逮捕したこと、原告が本件逮捕当時本件サラシを腹部に巻いていたことが認められる。

(2) ところで、原告が本件ヘルメットを被っていたことは原告が本件違法集団の一員であったことを疑わしめるものであり、本件手袋は時期的に防寒用に使用することは不自然であるから、石塊を掴んで投げたり竹竿を握るために着用していた疑いが強く、また、本件サラシは乱闘に備えて着用していたことが推定されるのであって、右のような本件逮捕の時間的、場所的状況、警察官に対する原告の反抗的態度、着用品等の状況を総合すると、原告が本件違法集団の一員であって他の学生、労働者らと一体となって本件犯罪を実行したことを疑うに足りる相当な理由があることが明らかであったうえ、原告には刑訴法六〇条一項一号ないし三号に該当する事由があるので、検察官は勾留の理由と必要性があるものと判断し、本件勾留請求をして勾留状の発付を得て捜査を続け、さらに事案の規模、性質、証拠の収集状況等に照らし本件勾留延長請求をしたもので、右各請求は適法である。

(四) (本件起訴及び本件公訴追行の適法性)

右(三)の点に加えて、押収物の点検の結果、本件手袋には泥による汚れが認められ、その掌面がささくれ立っていたことから原告が実際に石塊を掴んだか竹竿を握ったものと推定されたうえ、本件サラシには約八五センチメートル間隔で六か所に亘り青色着色液が付着していたが、右液は、本件当日、本件門前道路で警備していた機動隊の放水車が本件違法集団のみに対し、同集団の構成員を特定するために放ったものであるし、原告は本件逮捕当時着用していたコート、ズボン及び本件手袋がびしょ濡れの状態であって、これらの点は原告が本件違法集団の一員であることを強く推定させるものであった。さらに、本件テープの画面に収録され本件犯罪を行なっている人物の顔全体の輪郭、頭髪の形、顎の輪郭、目の特徴が原告と酷似していた。

これに対し、原告は捜査官による取調べにおいて、事実関係については終始黙秘し(但し、本件サラシを腹部に巻いていたことは認め、本件ヘルメット及び本件手袋を着用したことはなく自己の所持品ではない旨の供述だけはした。)、右各証拠の信用性を減殺する供述はしなかった。

そこで、担当検察官は、原告について本件犯罪の有罪判決を獲得し得る高度の蓋然性があるものと判断して本件起訴及び本件公訴追行をしたのであって、右各行為は適法である。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告東京都の主張について。

(一) (一)のうち、(2)の事実は否認し、その余の事実は知らない。

(二) (二)(1)のうち小林巡査部長及び樋口巡査が本件違法集団の違法行為の状況を携帯無線機で傍受したことは知らず、その余は認める。(2)のうち午後八時四二分ころ本件検挙命令に基づき小林巡査部長らが本件公園内に入ったことは認め、右巡査部長らが本件門南側にある植込みの間から入ったことは知らず、その余は否認する。(3)の事実は否認する。本件逮捕当時機動隊から発射された催涙弾の煙を消すために大噴水付近の群衆が同噴水の水を掛けたので同噴水付近の地面が水で濡れていた。そのため、小林巡査部長らが本件逮捕に着手し原告に飛びかかって原告を地面に倒した際右地面の水で原告の着衣等が濡れたのであって、本件逮捕着手時までは原告の着衣等は全く濡れていなかった。

(三) (三)の(1)(2)は争う。

(四) (四)の(2)は争う。

2  被告国の主張について。

(一) (一)については被告東京都の主張(一)(二)に対する認否と同旨

(二) (三)(1)の事実は否認し、(2)は争う。

(三) (四)は争う。白色ヘルメットや手袋を着用していた者は本件違法集団以外にも大勢いたし、サラシの腹巻をしていることも稀有なことではないから、本件ヘルメット、本件手袋、本件サラシの着用自体からは原告が本件違法集団の一員であることを合理的に推認することはできない。また、原告が仮に青色着色液を直接浴びたとすれば、原告の着衣の広範な部分から着色液が検出されてしかるべきところ、原告が本件逮捕時に着用していたコート、カーディガン、白長袖ポロシャツ、本件手袋等からは何ら着色液が検出されないから原告の腹巻に着色液が付着していたのは機動隊の放水を直接浴びたためではない。さらに、本件手袋の掌面のささくれは、例えば転倒した場合にも生じうるのであって、右点から直ちに原告が投石したと主張することは何ら合理的根拠のない憶測であり独断である。本件サラシが乱闘に備えてのものであるとする点も同様である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1(当事者)及び2(本件逮捕、勾留請求、勾留延長請求、起訴及び公訴追行)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件逮捕に至る経緯について

1  昭和四六年秋は沖縄返還協定批准の是非をめぐって全国的に反対運動が展開されており、本件集会も右反対運動の一環として開催されたものであること、警視庁は本件当日本件公園周辺に多数の機動隊員を配備し本件集会に対する警戒に当らせていたこと、同日午後八時四〇分過ぎころ本件検挙命令に基づき機動隊員が一斉に右公園内へ入り検挙活動を行なったこと、原告はその際小林巡査部長に逮捕されたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、本件集会は東京都公安委員会の許可を得ていたこと、本件集会の参加者は約六〇〇〇人であったことが認められる(これらの点は原告と被告東京都との間においては争いがない。)。

2  《証拠省略》によれば、本件集会は本件当日午後六時三〇分ころから始まり、同七時二〇分ころ終了したこと、本件集会の参加者の中には白色ヘルメット(同ヘルメットの前面には「反戦」又は「中核」の文字が記載されていた。)を被った者が約五〇〇人、赤色ヘルメットを被った者が二〇〇ないし二五〇人おり、その中には竹竿や旗竿、或いは丸太を持った者もいたこと、午後七時二五分ころ、白色ヘルメットを被った集団(約半数の者が旗竿や竹竿を持っていた。)が大音楽堂の正面出入口から走り出て本件門の方向へ行き、他の本件集会参加者らの中にも右集団の後をついて行った者もいたこと、これらの集団は「機動隊せん滅、粉砕」などのシュプレヒコールで気勢を上げたり、公園内の樹木の植え込みの回りの石や大噴水付近の敷石等を掘り起こしてそれを砕いて投石用の石を作り、これらをナップザックやヘルメットなどに入れて運んだり右噴水付近のベンチを壊して本件門の方向へ運んだりしたこと、本件門の公園内側付近においては、白色や赤色のヘルメットを被った集団が隊列を組んで竹竿や旗竿を前へ水平に構えて本件門の公園外側で警備していた機動隊員に対し駆け足で突きかかって行ったり、殴りかかったりし、右集団の周囲にヘルメットを被っている者や被っていない者が大勢いて石や火炎ビン等が投げられたこと、これらの違法集団に対し機動隊は真水放水や着色放水(これは真水に青色着色剤を混合した着色液による放水である。)をしたり、催涙弾を発射したこと、そのため本件門付近は騒然とした状況となったこと、さらに、右違法集団は午後八時二〇分ころ公園内のベンチ、丸太やゴミのバケツ等を本件門の公園内側に積んでバリケードを築き、それに火をつけたりし、日比谷花壇及び松本楼にも放火してこれらを炎上させるなどしたこと、これら違法集団は全体で約二〇〇〇人近くいたことが認められる。

3  一方、《証拠省略》によれば、原告は、本件当日本件集会に参加するため妻を含む同僚ら約七人と共に午後七時五〇分ころ本件公園の霞門から同公園内へ入ったこと(原告が本件当日本件集会に参加するため本件公園内に入ったこと自体は、原告と被告国との間において争いがない。)、その際白色ヘルメット五、六個を一括して紙袋に入れて持っていた者だけが、同門において警備中の機動隊員によって右紙袋を点検されたこと(機動隊員が本件公園の各門で検問していたこと自体は、原告と被告東京都との間において争いがない。)、原告らは大音楽堂へ向って歩きながら原告を含む五、六人が右白色ヘルメットを被り白タオルを右ヘルメットの顎紐に掛けたこと、本件集会は既に終了していて(この点は原告と被告東京都との間においては争いがない。)参加者らが大音楽堂の出入口から出て来たので、原告らも右参加者らと同じ方向に歩いて行き、大芝生の西側角付近で、三〇分後に同所で再び集まる約束をしたうえ三つくらいのグループに別れて別行動をとったこと、原告は乙山春子(以下「乙山」という。)と行動を共にし大噴水や小音楽堂付近へ行き、約三〇分後に再び大芝生西側角付近へ戻ったが前記同僚らとは会えなかったので、乙山と共にまた大噴水や小音楽堂付近へ行ったことが認められる。

なお、原告は、原告が本件公園へ入って間もなく機動隊員によって同公園の各門は全て閉鎖された旨供述するが、《証拠省略》によれば、むしろ、本件集会の終了後本件公園の各門からは右集会の参加者が三々五々公園外へ自由に出て行くことができる状態であって、例外的に集団示威行進の隊形を作った状態で公園外へ出ようとする集団について警備中の機動隊員が右隊形では公園外へ出ることができない旨説得し、右説得に従わない集団に対してのみ公園外へ出さない措置を講じていたこと、右のような措置をとったのは本件当日は集団示威行進は許可されていなかったためであることが認められるのであって、原告の前記供述自体他の者からの伝聞でもあって採用することができない。

三  本件逮捕について

1  本件逮捕の状況

(一)  《証拠省略》によれば、小林巡査部長及び樋口巡査(第八機動隊所属)が本件違法集団の違法行為の状況を携帯無線機で傍受したことが認められ、右両名が午後七時五八分ころから本件門前道路で警備に就き、同所において白色ヘルメットを被った労働者らから石や火炎ビン等を激しく投てきされたうえ、右労働者らが右門の門柱と門柱の間にベンチや木材等を利用してバリケードを築きそれに放火して炎上させた状況、爆発物を投てきした状況、日比谷花壇に放火して炎上させた状況、機動隊の放水車から右門付近の違法集団に対して着色放水がなされた状況等を現認したことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、本件違法集団の中には白色の地に前面に太い黒字で「反戦」と記載されているヘルメットを被り、白タオルで覆面し、黒色の手袋やコートを着用している者がいたこと、小林巡査部長らは本件門付近の本件違法集団の中に右のような服装をした者がいることを現認したことが認められる。

(二)  《証拠省略》によれば、小林巡査部長と樋口巡査は本件当日午後八時四〇分過ぎころ本件検挙命令に基づき、本件違法行為の実行者を逮捕するため、本件門南側の植込みの間から本件公園内へ入り(右両名が右時刻ころ本件検挙命令に基づき本件公園へ入ったこと自体は当事者間に争いがない。)、右門から約六〇メートル離れた大噴水南側において第七機動隊員三人と押し問答をしている原告を発見したこと、その際原告は本件ヘルメットを被り、白タオルで覆面をし、コート及び本件手袋を着用していたこと、小林巡査部長は原告が右のように本件違法集団と同じような服装をしていたうえ、本件違法行為が行われた時刻及び場所と極めて近い時間及び場所で原告を発見したこと、原告の着衣が全体的に濡れており、それは原告が機動隊の放水を浴びたためであると考え、これらの点から原告を本件違法集団の一員であって本件犯罪等の現行犯人であると判断し、原告を逮捕すべく「何をしているんだ。」といいながら原告の背後からその体に手を掛けたところ、原告は「俺に触るな。」といって振り返りざま右巡査部長の脚を蹴りつけたこと、その際同巡査部長は原告が被っていた本件ヘルメットに本件違法集団の一部の者が被っていたものと同様黒字で「反戦」と記載されていることを認めたので、原告を右違法集団の一員であると確信し樋口巡査と共に原告を地面に押えつけて、本件逮捕をしたことが認められる。

原告は、原告の着衣が濡れたのは、本件逮捕の際小林巡査部長らによって大噴水付近の地面に押し倒された時地面が濡れていたためであって、右巡査部長らが本件逮捕に着手したときは原告の服はまだ濡れていなかった旨供述するが、原告の供述自体、地面が濡れていた原因について、《証拠省略》によれば、刑事事件の公判廷においては、機動隊の放水によるものと供述したことが認められるのに対し、本訴においては、機動隊から発射された催涙弾の煙を消すために他の者らが大噴水の水を汲み出して右弾に掛けたためである旨供述し、また、着衣の濡れた範囲についても、《証拠省略》によれば、刑事事件の公判廷においては服全体がびしょびしょだったと供述したことが認められるのに対し、本訴においては背中と尻だけであった旨供述するなど一貫性がなく、信用することができない。

ところで、《証拠省略》によれば、着色放水は集団犯罪の場合に違法行為を行なった者を特定し犯罪を実行したことを証明するために使用するもので、違法行為集団の近くに一般人などがいる場合には誤認逮捕のおそれが生じるため使用されることはなく、本件当日も放水担当者が一般人のいないことを確認したうえで本件門付近の本件違法集団に対して着色放水を行なったこと、放水車は同門前道路から真水放水や着色放水を行なったが、放水車の性能上右放水は同門付近の植込みの手前までしか届かなかったこと、原告は本件逮捕当時腹部に本件サラシを巻いていたこと、同布には原告が腹部に巻いた前面部分に手拳大に青色着色液が付着していたこと、原告が着用していた本件手袋は掌面がささくれ立っていたこと(《証拠省略》によれば、右手袋は原告が通勤用として約一年前から使用していたものであること)が認められる。

2  本件逮捕警察官の故意、過失について

そこで、右逮捕にあたった警察官の故意、過失の有無について判断する。

(一)  原告は、小林巡査部長及び樋口巡査が原告を犯人であると虚構しようとの故意の下に本件逮捕を行なった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、原告の右主張は採用の限りではない。

(二)  次に本件逮捕警察官の過失の有無について判断する。

本件のように多数人が集団的に機動隊に対し激しく投石したり、竹竿や旗竿等で突きかかったり、付近の建造物に放火するなどして付近一帯が騒然とした状況の中で本件犯罪等の現行犯人を逮捕しようとする場合には、現行犯人と認めたことがその時点の具体的状況の下で合理的であると認められる限りは結果的に誤認であっても逮捕警察官に過失があったということはできないと解するのが相当である。

本件の場合、《証拠省略》によれば、小林巡査部長は原告が本件犯罪等を実行したことを現認していなかったし、右事実の有無について原告や原告と押し問答をしていた三人の機動隊員に確認することもしなかったことが認められる。しかし、本件全証拠によっても本件逮捕の現場である大噴水南側付近の地面が水で濡れていたことを認めることはできず(右地面が濡れていた旨の原告の前記供述が信用できないことは前記のとおりである。)、また《証拠省略》によれば、本件当日は雨が降っていなかったことが認められるから、原告の服が本件逮捕着手以前に全体的に濡れていたのは原告が放水車の放水を浴びたものと解するのが合理的であり、前記のとおりの右放水は本件門付近の植込みの手前までしか届かなかったことに照らし、原告は本件違法行為が行われこれに対して放水車から放水がなされている際に少なくとも右植込み手前よりも本件門寄りの場所へは行ったものと推認され、また、《証拠省略》によれば、大噴水の周辺も敷石を剥がして割っている者、側溝の蓋を割っている者、ベンチを引抜いている者、割った石やベンチ、木材を本件門付近へ運ぶ者、機動隊員に対し投石して戻って来る者などが右往左往し、機動隊から発射された催涙弾のガスが一面に立ち込め極めて騒然とした状況であったことが認められ、そのうえ前記のとおり原告が本件違法行為の行われた時刻に極めて接着した時刻に右違法行為の行われた本件門付近から約六〇メートルしか離れていない大噴水南側にいたこと、その際原告が白地に黒色で「反戦」と記載された本件ヘルメットを被り、白タオルで覆面をし、コート及び本件手袋を着用していたが、本件違法集団の中にも右と同様の服装をした者がいたことを合わせ考えれば、小林巡査部長らが原告を本件違法集団の一員であると判断し原告を本件犯罪等の現行犯人として逮捕したことは、本件逮捕当時の右具体的状況の下においては十分理由が認められ、右巡査部長らに過失があったとまでいうことはできないと解するのが相当である。

原告は、本件逮捕当時本件公園内には六〇〇〇人を超える人々がおり、本件門及び大噴水の周辺には本件違法集団に加わらなかった単なる見物人らも相当数いて、その中には白色ヘルメット、手袋等を着用している者もいたから原告の前記服装は原告が本件犯罪等の現行犯人であることを認定する資料たりえなかった旨主張し、《証拠省略》にはこれに沿う部分もあるが、原告については前記のような特別な事実が存するのであって、原告の右主張は採用できない。

3  右のとおり、本件逮捕について警察官の故意過失は認められないので、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告東京都に対する請求は理由がない。

四  本件勾留請求、本件勾留延長請求、本件起訴及び本件公訴追行について

1  適法性の判断基準

刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の勾留請求、勾留延長請求、起訴及び公訴追行が違法になると解すべきではなく、勾留請求及び勾留延長請求は、その時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、勾留の理由及び必要性が認められる限り適法であり、起訴及び公訴追行はその時点における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当である。

2  本件勾留請求及び本件勾留延長請求の適法性について

(一)  《証拠省略》によれば、原告は昭和四六年一一月二一日関係書類とともに東京地方検察庁検察官に送致されたことが認められ、同月二二日本件勾留請求がなされたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により右勾留請求の被疑事実は本件犯罪であったことが認められる。

《証拠省略》によれば、右勾留請求当時における検察官の手持証拠としては、本件逮捕に関する現行犯人逮捕手続書、本件ヘルメット・本件手袋・本件サラシの捜索差押調書、本件違法集団による本件違法行為の状況に関する写真撮影報告書があったことが認められ、右各証拠によれば、前記認定のとおり本件門付近において本件違法集団により本件違法行為が行われたこと、小林巡査部長らが午後八時四〇分過ぎころ本件公園内の本件違法集団を検挙すべく一斉に本件門の横から同公園内へ入ったところ、大噴水南側で本件ヘルメットを被り、白タオルで覆面をし、本件手袋を着用した原告が先着の三名の警察官ともみ合っていたので右小林と樋口巡査が原告を同所で現行犯逮捕したこと、原告が本件逮捕当時本件サラシを腹部に巻いていたことが確められ、これら本件違法行為との場所的、時間的接着性、原告の着用品を総合すると、原告が本件違法集団の一員として本件犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があったものと言うべきである。そして、《証拠省略》によれば、原告は本件逮捕後本件勾留請求までの間、住居、本籍、職業、氏名、年令、家族、学歴、経歴等について一切黙秘し、兇器準備集合罪を犯したこと、本件ヘルメット及び本件手袋が自分のものであることについては否認し、公務執行妨害罪を犯したことについては記憶がない旨供述しているうえ、弁解録取書や供述調書について署名、押印を一切拒否していたことが認められ、この点から原告について勾留の理由及び必要性があったことも肯定できるから、本件勾留請求は適法であるというべきである。

(二)  《証拠省略》によれば、同月三〇日本件犯罪を被疑事実として本件勾留延長請求がなされたことが認められる(本件勾留延長請求がなされたこと自体は当事者間に争いがない。)ところ、右当時における検察官の手持証拠としては、(一)の外、《証拠省略》によれば、小林巡査部長の検察官に対する供述調書、検察官作成の事件着衣等点検結果報告書及び報告書があったことが認められ、右各証拠によれば、(一)の事実の外、本件手袋は掌面がささくれ立って泥による汚れが付着していたこと、本件サラシは放水車の放水によると思われる着色液が付着していたことが認められるのであって、これらのことは原告が本件違法集団の中にいて本件手袋を着用した状態で投石等を行なったことを疑わせるもので、本件勾留延長請求当時においても原告が本件犯罪を実行したことを疑うに足りる相当な理由があったものと考えられる。

そして、《証拠省略》によれば、原告は右当時捜査官の取調べに対し身上関係についてのみ供述し、事実関係については一切黙秘している状態であったこと、本件が集団犯罪であることから原告について勾留の基礎となった本件犯罪について起訴、不起訴を決定するためその捜査をする上で右勾留期間を延長することが必要であることが認められるから、本件勾留延長請求も適法であるというべきである。

3  本件起訴及び本件公訴追行の適法性について

(一)  本件テープの画面に収録され本件犯罪を行っている男の顔全体の輪郭、頭髪の形、顎の輪郭、目の特徴が原告と酷似していたことを認めるに足りる証拠はないが、《証拠省略》を総合勘案すれば本件起訴当時原告が本件犯罪について有罪と認められる嫌疑があったものと認められるのであって、本件起訴は適法である。

(二)  《証拠省略》を総合すると本件公訴追行当時においても原告が本件犯罪について有罪と認められる嫌疑があったものといえるのであって本件公訴追行も適法であると解するのが相当である(《証拠省略》によれば、本件判決も原告が本件犯罪を犯したのではないかとの疑いが濃厚であることは否定しえないと認定している。)。

4  以上のとおり、検察官の本件勾留請求、本件勾留延長請求、本件起訴及び本件公訴追行は適法であったのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告国に対する請求は理由がない。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠田省二 裁判官梅津和宏、裁判官寺内保惠は転補のため署名、押印することができない。裁判長裁判官 篠田省二)

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